「湯船に入ったはいいけれど、出られなくなった」。
訪問リハビリで伺っていると、この話を聞くことがあります。ご本人は「ちょっと疲れてただけ」とおっしゃる。ご家族は「昨日は普通に歩いていたのに」と戸惑われる。その食い違いが、入浴の場面の特徴だと感じています。
ここで多くの方が「筋力が落ちたから」と考えます。ただ、陸では立てるのに浴槽では立てないという方は、珍しくありません。それは力の問題ではなく、浴槽という場所の問題です。
この記事で分かること
- なぜ浴槽の中だと立てなくなるのか
- 今夜からできる見直し(お金はかかりません)
- 道具を考える目安と、介護保険で買えるもの
よくある場面 ― 入るときは入れたのに、出られない
現場で聞くお話は、だいたい同じ形をしています。
湯船には自分で入れた。しばらく浸かっていた。さあ出ようとしたら、腰が上がらない。何度か試して、そのうち息が上がってくる。呼ぶのが申し訳なくて、しばらく一人で頑張ってしまう。
最後はご家族が浴室に入って、脇を抱えて引き上げる。ご家族の腰も痛める、という話までがひとつのセットになっていることが多い印象です。
そして翌日には、また普通に歩いておられる。だから「たまたま」で片づけられてしまいます。
危ないのは「入るとき」より「出るとき」
まず押さえておきたいのは、入浴は前半と後半で難しさが違うということです。
出るときには、入るときには無かった条件が重なります。身体は濡れて滑りやすくなっています。温まって血管が広がり、立ち上がった瞬間にふらつきやすくなっています。湯に浸かっている間に、思っている以上に体力を使っています。
消費者庁も、高齢者の入浴中の事故を防ぐ注意点のひとつとして「浴槽から急に立ち上がらないようにしましょう」を挙げています。
つまり、「入れたから大丈夫」は成り立ちません。ご家族が見ておくべきなのは、入るところではなく出るところです。
浴槽の中では、足が手前に引けない
ここからが本題です。
椅子から立ち上がる動作を思い浮かべてください。座ったまま立とうとすると、私たちは無意識に足を膝より後ろに引きます。そのうえで身体を前に倒し、お尻を浮かせます。足を前に投げ出したまま立てる人は、まずいません。
この「足を引く」ためには、足首が曲がる必要があります。
森田・宮崎(理学療法—臨床・研究・教育 19巻1号、2012年)は、立ち上がり動作について検討し、動作を容易に行うために必要な足関節背屈可動域は10°以上であることが示唆されたと報告しています。背屈が5°、0°と小さくなる条件では、股関節の屈曲角度が減り、動作の遂行に困難感が伴ったとされています。
では、浴槽の中はどうでしょうか。
底は平らで、濡れていて滑ります。足を引こうとしても、かかとが前に逃げていきます。おまけに前には壁があり、脚を曲げる余地そのものが限られています。
浴槽は、立ち上がりに必要な足の位置をつくれない場所なのです。陸では立てる方が浴槽で立てなくなるのは、筋力が急に落ちたからではありません。足を置く場所がないからです。

立ち上がりを決めているのは、力ではなく前傾
もうひとつ、立ち上がりには欠かせない動きがあります。身体を前に倒すことです。
座っている姿勢では、身体の重心はお尻の上にあります。このままいくら脚に力を入れても、身体は上ではなく後ろに押し戻されます。重心を足の上まで運んで、はじめて立てます。そのために前傾します。
野澤・山本(理学療法科学 27巻1号、2012年)は、椅子からの立ち上がりにおける若年者と高齢者の動きを比較し、高齢者は胸部・骨盤の屈曲と前傾を利用し、身体重心の進行方向の移動速度を高めることによって、身体重心の上昇を可能にしていることが示唆されたと報告しています。
前傾は、年齢を重ねるほど大事になる動きだということです。
ところが浴槽の中では、この前傾が邪魔されます。前に倒れようとすると顔が湯面に近づきます。怖いので、身体が止まります。目の前には壁があります。そのうえ、湯に浸かっている間は浮力で身体が軽くなるぶん、前に体重を移しても足の裏で底を押す力が出にくくなります。前傾しても、踏ん張る相手がいないという状態です。
またぐ動作には、片足立ちの時間がある
浴槽の出入りには、もうひとつ別の動作が含まれています。またぎです。
またぐとき、片方の脚は浴槽の縁を越えていきます。その間、体重はもう片方の脚だけで支えられています。時間にすれば1〜2秒ですが、この間は完全な片足立ちです。
危ないのは、またいでいる瞬間そのものではありません。片足で立っている時間があることです。床は濡れ、身体も濡れています。ふらついたときに踏み直す足が、地面にありません。
だから「座ってまたぐ」方法に意味があります。浴槽の縁に板を渡して腰かけ、座ったまま脚を1本ずつ運べば、片足立ちの時間が消えます。手すりを強く握るより、この方が確実です。
なお、起き上がる・立ち上がるといった動作そのものが難しくなっている場合は、見る場所が変わります。→ 高齢者が起き上がれない原因|家族が見るべき4つの段階
今夜からできる見直し
お金をかけずにできることから挙げます。
お湯を抜いてから立つ
まず試してほしいのが、これです。
湯に浸かったままだと、身体が浮いて足の裏で底を押せません。先にお湯を抜いてしまえば体重が戻り、踏ん張れるようになります。なお、実際の訪問先では、湯船から自分で立てなくなった方は、ご家族などに介助してもらって出ていることがほとんどです。ご家族だけで抱え上げると腰を痛めやすいので、こうした工夫とあわせて、担当のケアマネジャーやリハビリ職に相談してください。
ただし、湯を抜くと急に寒くなります。脱衣所と浴室を先に暖めておくことが前提です。消費者庁も、入浴前に脱衣所や浴室を暖めることを挙げています。
足の位置をつくってから立つ
立とうとする前に、両足を手前に引いて、足の裏全体を底につける。これだけで変わる方がいます。
かかとが滑って前に逃げるなら、浴槽の底に滑り止めを敷いてください。足が届かず宙に浮いてしまう場合は、底に置いて高さを補う道具(浴槽内すのこ)があります。
手すりは「引く」ではなく「押す」
手すりを持つとき、多くの方は身体の方へ引きます。引くと、身体は後ろに残ります。前傾が作れず、かえって立てません。
浴槽の縁や手すりに手をついて、下に押す。こうすると自然に身体が前に出ます。ご家族が声をかけるなら「引っぱって」ではなく「押して立って」のほうが伝わります。
出る順番を決めておく
毎回ばらばらにやると、疲れてきた後半で判断することになります。順番を先に決めておいてください。
- お湯を抜く
- 両足を手前に引いて、足の裏を底につける
- 縁に手をついて、押しながら前傾して立つ、または縁に腰かける
- 脚を1本ずつ、またぐ

一度ご家族が横で見ながら通してみると、どこで止まるかが分かります。そこが道具を考える場所になります。
道具を考える目安 ― 入浴補助用具は介護保険で買える
手順を変えても難しい場合は、道具の出番です。ここは意外と知られていないのですが、入浴のための用具は、介護保険で購入できる種目が決まっています。
厚生労働省の通知では、「入浴補助用具」として次のものが定められています。
| 種目 | 定義(通知より) |
|---|---|
| 入浴用いす | 座面の高さが概ね35センチメートル以上のもの又はリクライニング機能を有するもの |
| 浴槽用手すり | 浴槽の縁を挟み込んで固定することができるもの |
| 浴槽内いす | 浴槽内に置いて利用することができるもの |
| 入浴台 | 浴槽の縁にかけて浴槽への出入りを容易にすることができるもの |
| 浴室内すのこ | 浴室内に置いて浴室の床の段差の解消を図ることができるもの |
| 浴槽内すのこ | 浴槽の中に置いて浴槽の底面の高さを補うもの |
| 入浴用介助ベルト | 身体に直接巻き付けて使用するもので、浴槽への出入り等を容易に介助することができるもの |
これらは「特定福祉用具販売」という扱いで、レンタルではなく購入です。同一年度で購入できるのは10万円まで、費用の9割(一定以上所得者の場合は8割又は7割)が介護保険から払い戻されます。いったん全額を支払ってから戻ってくる仕組みです。
この記事で説明してきた動作に当てはめると、選ぶ方向は絞れます。
- 足が届かない・底が深い → 浴槽内すのこ、浴槽内いす
- またぐときにふらつく → 入浴台(座ってまたぐ)
- 縁に手をつく場所がない → 浴槽用手すり
- 洗い場で立っているのがつらい → 入浴用いす
ただし、買う前にケアマネジャーか地域包括支援センターに相談してください。浴槽の形も洗い場の広さも家ごとに違い、合わない道具を買ってしまうと使われないまま置物になります。手続きの進め方も教えてもらえます。
なお、壁に固定する手すりの取り付けは、購入ではなく住宅改修の扱いになります。厚生労働大臣が定める住宅改修の種類では、「手すりの取付け」が最初に挙げられています(ほかに段差の解消、床材の変更、引き戸等への扉の取替え、洋式便器等への便器の取替えなど)。同じ「手すり」でも、浴槽の縁を挟むタイプは購入、壁に付けるタイプは工事、と窓口が分かれます。ここも相談の中で整理してもらうのが早いです。
トイレの手すりの位置については、トイレの手すりの位置|高齢の親が立ちやすいのは「便器より前」で書いています。
入浴用のいすなど介護保険で買える道具や、浴室の手すり・床の工事については、こちらで詳しく書いています。
こんなときは、早めに相談を
入浴中の事故は、数として軽く見られる話ではありません。
消費者庁によると、令和5年に「不慮の溺死及び溺水」で亡くなった65歳以上の方は8,270人、そのうち浴槽での事故が6,541人、家や居住施設の浴槽に限っても6,073人でした。10年間(平成25年〜令和5年)で溺死及び溺水による死亡者は31%増えており、同じ期間の65歳以上人口の増加14%を大きく上回っています。12月・1月に多いこともデータで示されています。
次のような場面があれば、様子を見ずに相談してください。
様子を見ずに相談してほしい場面
- 一度でも、浴槽から自力で出られなくなったことがある
- ご家族が身体を抱えて引き上げている
- 湯から上がったあとに、ふらつく・座り込む
- 「疲れるから」と入浴の回数が減ってきた
意識がはっきりしない、呼びかけへの反応が鈍い、呼吸がおかしいといった場合は、相談ではなく救急要請です。
消費者庁が挙げている、事故を防ぐための注意点も載せておきます。
- 入浴前に脱衣所や浴室を暖める
- 湯温は41度以下、湯につかる時間は10分までを目安に
- 浴槽から急に立ち上がらない
- 食後すぐの入浴や、飲酒後・医薬品服用後の入浴は避ける
- 入浴する前に同居者に一声掛けて、意識してもらう
また、夜間の転倒が気になっている場合は、こちらもあわせてご覧ください。→ 夜中のトイレで転ぶ理由|家族が今夜から見直せる5つのこと
冬の入浴で気をつけたいヒートショックについては、こちらで書いています。
立ち上がりを手伝うときの、家族の腰を守る介助のしかたは、こちらで書いています。
よくある質問
手すりをつければ解決しますか。
手すりは支えを足す道具で、足の位置や前傾をつくってくれるわけではありません。手すりを持って引っぱると、かえって身体が後ろに残ります。まず順番と足の位置を見直して、それでも足りないところを道具で補うほうが、うまくいく印象です。
浴槽内いすや浴槽内すのこを入れると、肩まで浸かれなくなりませんか。
底上げする以上、湯に浸かる深さは浅くなります。ここは正直なトレードオフです。ただ、深く浸かれても出られないより、浅くても自分で出られるほうを選ぶ方が多いです。どの高さなら出られるかは、実際に試して決めるのが確実です。
本人が「大丈夫」と言って、道具を嫌がります。
よくあることです。道具の話から入らず、出る順番を一緒にやってみるところから始めると受け入れられやすい印象です。「湯を抜いてから立つ」だけなら、何も買わずに試せます。
もうシャワーだけにしたほうが安全ですか。
安全ではありますが、入浴は身体を洗うだけの行為ではありません。温まること自体を楽しみにしている方も多いです。すぐに切り替えず、まず道具と手順で続けられないかを考えたほうがいいと思います。難しければ、通所での入浴という選択肢もあります。
介護保険を使っていなくても買えますか。
購入して使うこと自体は自由ですが、払い戻しを受けられるのは要支援・要介護の認定を受けている方です。まだ申請していない場合は、地域包括支援センターに相談してください。認定の相談と道具の相談は、同じ窓口から始められます。
まとめ
- 浴槽で立てないのは、力の問題ではなく足の位置と前傾がつくれないから
- 立ち上がりには足関節の背屈10°以上と、胸部・骨盤の前傾が要る
- またぎには片足立ちの1〜2秒がある。座ってまたげば、その時間が消える
- 今夜からできるのは、お湯を抜いてから立つ/足を手前に引く/手すりは押す/順番を決める
- 入浴補助用具は介護保険で購入できる7種目。年度で10万円まで、9割が払い戻される
- 買う前にケアマネジャーか地域包括支援センターへ
お風呂は、一日の終わりの楽しみでもあります。出られなくなったから、もうやめるという結論を急がないでください。順番を変えるだけで続けられる方は、思っているより多いです。
体調に不安がある場合や、上に挙げた症状がある場合は、かかりつけの医師にご相談ください。
あわせて読みたい記事です。
参考にした資料(2026年9月17日確認)
- 消費者庁「冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!」(リンク)
- 消費者庁「コラムVol.12 高齢者の事故 ―冬の入浴中の溺水や食物での窒息に注意―」(リンク)
- 厚生労働省「介護保険の給付対象となる福祉用具及び住宅改修の取扱いについて」(PDF)
- 厚生労働省「介護サービス情報公表システム|特定福祉用具販売」(リンク)
- 厚生労働省「厚生労働大臣が定める居宅介護住宅改修費等の支給に係る住宅改修の種類」(平成11年厚生省告示第95号)(リンク)
- 森田智美・宮崎純弥「立ち上がり動作を容易に行うために必要な足関節背屈可動域の検討」理学療法—臨床・研究・教育 19巻1号、2012年(リンク)
- 野澤涼・山本澄子「椅子からの立ち上がりにおける若年者と高齢者の体幹と下肢の動きの関係」理学療法科学 27巻1号、2012年(リンク)




