「朝、母が布団から起き上がるのに、前より時間がかかるようになった」。声をかけながら、つい腕を引いて起こしている。そんなご家族は少なくないと思います。
本人は「大丈夫」と言う。でも、このまま寝たきりになるのではないか。自分が支えきれるのか。そう感じたときに、まず見てほしいことがあります。
この記事では、訪問リハビリの現場で見てきたことをもとに、次の3つをお伝えします。
この記事で分かること
- 「起き上がれない」は1つの動作ではなく、どこで止まっているかで対策が変わること
- 布団とベッドでは、必要な身体の力が違うこと
- ご家族がやりがちな「腕を引っ張る起こし方」に、どんな危険があるか
よくある場面
訪問で伺うと、「起き上がるのに時間がかかる」というお話をよく聞きます。ただ、実際に見せていただくと、詰まっている場所は人によってまるで違います。
横を向くところまではできるのに、そこから上体が持ち上がらない方。上体は起きるのに、座ってから身体が後ろに傾いてしまう方。そもそも寝たまま身体をひねれない方。
ご家族からは「起き上がれない」という一言で伝えられることが多いのですが、この4つは原因も対策も別ものです。ここを分けずに「筋力をつけましょう」とだけ言われても、うまくいかないことがあります。
布団から起き上がるときに、仰向けのまま腹筋の力だけで起きようとして、苦労している方もいました。いったん横を向いてから腕で体を押し上げるほうが、少ない力で起き上がれます。
「起き上がれない」は、ひとつの動作ではない
現場では、起き上がりの動作を次の4つの段階に分けて見ています。ご家族に見ていただきたいのは、どの段階で止まっているかです。

① 寝返りで止まる
仰向けから横向きになれない段階です。膝を立てて、身体をひねって横を向く。この動きには、体幹をねじる可動域と、寝具を蹴る足の力が要ります。
布団や柔らかいマットレスは、身体が沈んで支点がなくなるため、ここで止まる方が多い印象です。ただ、起き上がれない理由は体だけでなく、気持ちの面が関係していることもあります。掛け布団が重いだけで、できなくなることもあります。
② 横向きから、肘で支えられない
横を向いたあと、下側の肘を身体の下に入れて上体を持ち上げる段階です。ここは肩まわりと体幹の力が要る、いちばん負担の大きいところです。
肩に痛みがある方、腕を後ろに回しにくい方は、この段階で止まります。「力が足りない」のではなく、肩が痛くて体重をかけられないことが理由の場合があります。
③ 肘から手に、乗り換えられない
肘で支えた姿勢から、手のひらで支える姿勢に切り替える段階です。ここは一瞬、支えが不安定になります。
手首や指に痛みがある方、握力が落ちている方が止まりやすい場所です。ベッド柵など、握れるものが近くにあるかどうかで大きく変わります。
④ 座ったあと、姿勢を保てない
起き上がれてはいるのに、座った姿勢がぐらつく、後ろに倒れそうになる段階です。
ここで止まっている場合、対策は「起き上がりの練習」ではありません。座る面の高さや、足が床にしっかり着いているかを先に見ます。足が浮いていると、それだけで座位は不安定になります。
どの段階で止まっているかが分かれば、家族が手を出す場所も1か所に絞れます。全部を介助する必要はありません。
布団とベッドで、必要な力が違う
同じ「起き上がる」でも、床の布団とベッドではまったく別の動作です。
| 床の布団 | ベッド | |
|---|---|---|
| 起き上がったあと | 床から立ち上がる動作が追加 | 座った時点で足が床に着く |
| 経由する姿勢 | 深くしゃがんだ姿勢を通る | 座位から前へ体重を移すだけ |
| 必要になる力 | 股関節と膝の可動域、片手で体重を支える力 | 座位を保つ力 |
「布団では起き上がれないが、ベッドなら自分でできる」という方は珍しくありません。筋力の問題に見えて、実は寝具の高さの問題だったということがあります。練習を始める前に、まず寝ている場所を見てみてください。
「腕を引っ張って起こす」が危ない理由
ご家族がいちばんやりがちなのが、腕を持って引き上げる介助です。手っ取り早いのですが、避けたほうがいい理由が2つあります。
1つは、肩を痛めることです。横向きの姿勢から腕だけを引くと、体重のほとんどが肩の関節にかかります。肩に痛みを抱えている方は少なくなく、そこに痛みが出ると②の段階が余計にできなくなります。介助のつもりが、起き上がれない原因を増やしてしまうことがあります。
もう1つは、皮膚です。高齢の方の皮膚には、スキン-テア(皮膚裂傷)という損傷が起こることがあります。日本創傷・オストミー・失禁管理学会は、これを「通常の医療・療養環境の中で生じる摩擦やずれによって高齢者に発生する皮膚の急性損傷」と定義しています。強くつかむ、こする、といった日常の動きで起こりうるものです。
手を出す場所を変える
引き上げるのではなく、膝を立ててもらい、腰と肩に手を添えて、横を向く動きを手伝う。そのうえで、本人に肘で押してもらう。手を出す場所を変えるだけで、介助する側の腰の負担も減ります。
今日からできる見直し
お金をかけずにできることから挙げます。
1. 掛け布団を軽くする
厚い掛け布団は、寝返りの抵抗になります。同じ暖かさなら軽いものに替えるだけで、①の段階が通ることがあります。まず試せる、いちばん簡単な方法です。
2. 起き上がる側を決めて、そこを空ける
毎回同じ側から起きるほうが、動作は安定します。その側の床に物がなく、手をつける高さのもの(ベッド柵、しっかりした椅子)があるかを見てください。
3. 座ったときに、足が床に着いているか見る
ベッドの高さが合っていないと、④が安定しません。座って、足の裏全体が床に着き、膝が股関節と同じか少し低い高さになるあたりを、現場では目安にしています。
4. 声をかける順番を変える
「起きて」ではなく、「膝を立てて」「こっちを向いて」「肘で押して」と、動作の順に区切って伝えると、自分でできる範囲が広がります。まとめて言われると、どこから動けばいいか分からなくなる方が多い印象です。
道具や介護保険を考える目安
環境を整えても難しい場合は、道具を検討する段階です。目安は次のような場面です。
- ①〜④のうち、2つ以上の段階で止まっている
- 毎回、家族の介助がないと起き上がれない
- 起き上がりに5分以上かかり、本人が疲れてしまう
- 介助する家族の腰や肩が痛くなってきた
介護保険では、福祉用具の貸与が使えることがあります。ただし注意点があります。厚生労働省の資料では、要支援1・2と要介護1の方は、特殊寝台(介護ベッド)や車いす、床ずれ防止用具などが「原則として給付対象外」とされています。医師の判断などにより例外的に給付できる場合もありますが、市町村の確認が必要です。
一方、手すりはこの「原則対象外」の一覧に入っていません。ベッド周りの手すりから検討するケースが多いのは、こうした事情もあります。
何が使えるかは要介護度と状況で変わるので、担当のケアマネジャー、または地域包括支援センターに確認してください。
起き上がりに加えて、お風呂での立ち上がりにも困っている場合は、こちらも参考にしてください。→ お風呂で立ち上がれない理由|浴槽は「足が引けない」場所です
起き上がりに加えて、外に出る回数が減ってきた場合は、こちらも参考にしてください。→ 高齢者の歩数の目安|数字より先に家族が見たい3つのこと
介護ベッドなどを介護保険で借りるときの決まりや、要介護認定の申請については、こちらで詳しく書いています。
こんなときは、すぐ相談・受診を
様子を見ずに相談してほしいサイン
- 昨日までできていたのに、急にできなくなった
- 片側だけ動かしにくい、力が入らない、しびれる
- 転んだあとから起き上がれなくなった
- 起き上がろうとすると、背中や腰に強い痛みが走る
- 発熱を伴っている
特に、転倒のあとに起き上がれなくなった場合は注意が必要です。背骨の圧迫骨折について、東京都健康長寿医療センターの解説では「気づかない内に起きて痛みが軽いこともあります」とされ、「いつのまにか骨折」という名称でも知られていると説明されています。転倒(尻もち)が骨折の主な直接の原因とされています。本人が強く痛がっていなくても、動きが変わったなら受診してください。
圧迫骨折で家族が気づきたいサインと、骨折後の起き上がり方は、高齢者の圧迫骨折|転んでいなくても家族が気づきたい3つのサインで書いています。
「急に」変わったかどうかが、いちばん分かりやすい目安です。ゆっくり進んだ変化はリハビリや環境調整で対応できることが多い一方、急な変化は身体の中で何かが起きているサインのことがあります。
入院や寝込んだあとに起き上がれなくなる「廃用症候群」については、こちらで書いています。
いすやベッドから立ち上がるときの介助のしかたは、こちらで書いています。
よくある質問
夜だけ起き上がりにくいようです。何か違いますか。
起き抜けは、意識と血圧が身体に追いついていない時間帯です。日中の同じ動作とは別ものと考えたほうがいいと思います。夜間の転倒については夜中のトイレで転ぶ理由|家族が今夜から見直せる5つのことで詳しく書いています。
筋トレをすれば起き上がれるようになりますか。
止まっている段階によります。②で止まっている方に足の筋トレをしても、変化は出にくいです。まずどこで詰まっているかを見て、そこに合った方法を選ぶほうが早く進みます。痛みが強いときや持病がある場合は、始める前に主治医やリハビリ職に相談してください。
介護ベッドを借りたほうがいいですか。
高さが合えば動作は楽になりますが、上に書いたとおり要支援1・2と要介護1の方は原則として貸与の対象外です。まずケアマネジャーに、今の要介護度で何が使えるかを確認するのが確実です。
本人が「自分でできる」と言って手伝わせてくれません。
できる段階は任せて、詰まっている1か所だけ手を出す形にすると、受け入れられやすい印象があります。「全部やってあげる」から「肘で押すところだけ支える」に変えるイメージです。
毎朝介助していて、自分の腰が痛くなってきました。
引き上げる介助を続けていると、まず介助する側が続かなくなります。手を出す場所を変えることと、道具を入れることの両方を、ケアマネジャーに相談してください。介助する人が続けられることも、在宅を続ける条件のひとつです。
まとめ
- 「起き上がれない」を4段階に分けて、どこで止まるかを見る
- 布団とベッドでは必要な力が違う。寝ている場所を先に見る
- 腕を引っ張って起こさない。膝と肩に手を添えて、動きを手伝う
- 掛け布団を軽くする、起きる側を空ける、足が床に着く高さにする
- 「急に」できなくなったときは、様子を見ずに相談する
起き上がりは、毎日必ず通る動作です。ここが楽になると、1日の始め方が変わります。全部を今日やる必要はありません。まずは、どの段階で止まっているかを一度見てみてください。
気になる症状がある場合や、急に動きが変わった場合は、かかりつけの医療機関やケアマネジャーにご相談ください。




